睡眠・夢と生物時計〜眠れない夜を過ごす方へ(3)
3.生物時計と睡眠の関係
第1部と第2部で生物時計の基礎と、睡眠・夢の基礎の話をしてきましたが、ここから、私の一番の興味でもある、生物時計が、どのように睡眠を制御しているのか、その関係を話します。ここからは、やや専門的になりますので、質問形式でなく箇条書きにしていきます。
●睡眠は、眠気によって、取る量をコントロールされている。
経験的に、前日ぐっすり長く眠ると、翌日は1日中すっきりしていて、夜も、そんなに早く眠くなりませんね。逆に、前日夜更かしすると、お昼御飯を食べた後や、つまらないセミナーを聞いていると、すぐ眠くなります。普段よりも早く起きると、普段よりも早い時間に眠くなりますし、それを我慢していると、どんどんどんどん眠くなっていきます。このように、眠気は覚醒時間に比例して、増えていきますので、難しい言葉を使うと、それ自身が、ホメオスターティックな制御を受けています。眠くなれば、普通の状態なら眠って睡眠を充足させますから、足りなくなれば、その分、補うように制御されているということです。
●生物時計は、覚醒の方向に働く。 (徹夜後の夜明けに、すっきりするわけ)
上述のように、眠気は睡眠が足りなくなれば足りなくなるほど、どんどんひどくなっていきます。しかし、徹夜をしたことが1度でもある方は経験があると思いますが、深夜を過ぎ、3時、4時、もう限界だと思い始めてぼーっとした頭で時計を見ていると、6時だなと思う頃から、眠ってもいないのに、急速に目が覚め始めて、頭もすっきりしてきますね。これが生物時計の作用です。脳内にある生物時計が、昼行性の人間の場合、昼間の時間に、覚醒中枢に覚醒信号を送ることによって、目を覚まさせるのです。
逆に、夜になると、時計からの覚醒信号が弱まるので、その分、眠気が増します。最初にお話ししたように、生物時計があるために、たとえば真っ暗な中に動物を置いても、彼らは、約24時間周期で、行動と休息のリズムを繰り返し睡眠の量も変化しません。ところが、時計中枢を完全に破壊した動物を作って、このような真っ暗で環境変化のない場所に入れると、行動と休息のリズムがめちゃめちゃになります。そして、彼らは正常な動物より、たくさん眠るようになります。リスザルやラットの実験では、約30%程度、たくさん眠ります。30%とは、人間で考えると8時間が10時間半ですから、大変に大きい差です。このように、生物時計は、主に覚醒の信号を送っていると考えられますが、睡眠の方にも信号を送っている可能性もあります。
●眠気のレベルを決めているのは、睡眠の量と、生物時計 (Two Process Model)
上に書いたことを、数学的なモデルとして表すやり方がいくつかありますが、有名なものは、フランスの生理学者ボルベイの提唱した二(ツー)プロセスモデルです。このモデルでは、睡眠のホメオスターシス(睡眠不足=覚醒している時間)による眠気をSで、生物時計(概日周期)からの覚醒シグナルをCで表し、この両者の和が、眠気であるとしています。ちなみに、このような眠気を測る方法には、いろいろありますが、実際、寝床に横になってもらって、寝付くまでの時間を計ったり、簡単なテストをやってもらって、間違える確率で判断したりします。
●時差ボケ
ここまでの話で、だいたい、生物時計と睡眠の関係がわかって頂けたかと思います。そこで、簡単な例として、時差ぼけのことを考えてみます。例えば、ボストンから、サンフランシスコに飛行機で飛んだ場合、時差は3時間、西向きの旅行になりますので、腕時計を遅らせます。つまり、夜11時になっても、まだ外は8時です。この時、生物時計は当然、もう11時になっていますから、眠くなります。しかし、観光もしたいので、頑張って起きて、現地の11時、つまり生物時計が午前2時に眠ったとすると、その5時間後、つまり現地の午前4時には、生物時計は朝7時になって、睡眠時間そのものは足りないのに、目が覚めてしまいます。
逆に、西向きに戻ってくる時は、腕時計を3時間進める必要があります。生物時計はまだ夜の8時で、全然眠くないときに、「無理に」眠って、生物時計がまだ明け方の4時で、眠気のピークにある時間帯に起きる必要があります。
●生物時計の進み方とリセットのしかた
これは最初の部分で簡単に触れましたが、ここで詳しくお話しします。この部分はとても大切です。光は生物時計をリセットすると書きましたが、それは進めるのでしょうか?遅らせるのでしょうか?答えは両方できるのです。生物時計を扱う分野では、時計の時刻のことを「位相=フェーズ」と呼びますが、明け方から午前中の時間帯に光が当たると、生物時計の位相を前進させる効果があります。生物時計を進めるというのは、外部の時計を遅らせるのと同じ効果があります。たとえば、生物時計と、外部の時計がぴったりあっている状態を考えて、外部=朝7時、生物時計=朝7時だとします。ここで、強い光に10分当たって生物時計を1時間、早めるとすると、外部=朝7時10分、生物時計=朝8時10分となり、なんと、10分で1時間10分、体中の時計が進むことにより、起きてから10分しか経っていないのに、もう体がばりばり動ける状態になります。
ところが、夕方から、夜の早い時間帯には、光は時計を遅らせます。午前中に1時間、生物時計の方が進んでしまったので、この時は、 外部=夕方5時、生物時計=夕方6時だとします。ここで、1時間、光に当たると、30分だけ時計が遅れるとすると、外部=夕方6時、生物時計=夕方6時30分にしかなりません。
つまり、生物時計は午前中は早く進み、午後から夕方は、遅く進むのです。これは、みなさんの実体験ともよく合いませんか?午前中は、朝8時に朝食を食べたのに、4時間後の12時には、もうお腹ぺこぺこです。でも、夜は、その御7時間くらい何も食べなくても、なんとかやっていけますね。9時会社について、調子よく仕事をこなしたら、知らないうちに昼になっているのに、4時過ぎて、今日は疲れたなあ、早く帰ろうかなと思い始めた後、6時までは、意外に長いですね。これらは、生物時計そのものとの関連は、本当は薄いのですが、でも当たっていると思いませんか?
このように、生物時計は、普通の時計と異なり、進むスピードが1日のうちで異なります。