睡眠・夢と生物時計〜眠れない夜を過ごす方へ(1)

1.生物時計(脳内時計)について


●生物時計(脳内時計)って何でしょうか?

「腹時計」は、みなさんよくご存知ですよね?ホテルに泊まって、朝御飯のバイキングで、欲張ってあんなにたくさん食べたのに?!、12時なると、ちゃんとお腹が減って来るという経験をします。その空腹度で、時計がなくてもだいたいの時間がわかります。腹時計も広い意味では生物時計の一つですが、これは、前回の食事からの経過時間を教えてくれるようです。さて、時計というためには、いくつかの条件が必要です。まず第一に、自立して動く。つまり、外部の環境や行動に寄らず、一定の時間を刻み続けるという性質です。そして第二に、外から調整ができる。つまり、どんな時計でも狂いますね。本当の時刻とずれて遅れたり進んだりしたら、時々は、合わせないといけません。これをリセットと呼びますが、自立性とリセットができること。が、時計の最低でも必要条件です。これ以外に、人間ではあてはまりませんが、体温が変わるような変温動物では、温度が変わっても時計が一定で動かないといけません。寒い日は、遅れて、暑い日は、進みがちな時計ではあまり役にたちませんよね。そして、普通に時計というと12時間で一周するアナログ式なのですが、デジタルでは24時間計もあるし、ストップウォッチのように1分計もあります。「腹時計」はこう考えてみると、時計というより、食事をするとカウントダウンをスタートして3−6時間でピーッとなるタイマーに近いようです。さて、ここで扱うのは、24時間を刻む時計です。実は、この時計があるために、人間を含むほとんどの動植物は、まったく光がない真っ暗な洞窟の中で時計のない生活をさせられても、24時間の生活リズムを保つことができるのです。

●概日周期=サーカディアンリズムって何ですか?

生物時計の持つ24時間の周期は、24時間0分0秒という、24時間ぴったりではなく、動物の種類や個体差、人間では個人差により、多少長さが変わります。そのため、約1日のリズムという意味で、circadian rhythm と呼びます。circa というのは、「約」という意味で、dian は「1日」を表す言葉です。サーカディアンリズムという言葉は、脳内(体内)時計とほとんど同じ意味で使われることも多いです。

●生物時計はなぜ必要なのですか?

生物時計があることにより、動物も植物も、今の時間を知って、次に必要なことに対する準備ができます。例えば、
1.ハエは、明け方から午前中の早い時間に活発に動きます。寝坊してしまうと、天敵が多いので不利なのです。ですから、彼らが、さなぎから成虫になるのは、夜明けのちょっと前です。そして、そのための準備は夜中のある時間に始めないといけません。そのために時計が必要になるのです。まだ明るくなる直前に、雄鳥が、コケコッコーと鳴くのも、微かな夜明けの明かりを見つけたというよりは、体内の「目覚まし」時計に起こされたと考えられます。その証拠に、雲が厚くかかって、非常に暗い朝でも、ちゃんと鳴いてくれますね(これ、はったりです。実は本当かどうか知りません!)。
2.また、時計を使って、季節を測ることもします。例えば、桜が咲く時期などの場合は、温度も大切ですが、多少寒い春でも、夏の準備を始めないと手遅れになりますね。野生のハムスターは、春から夏にしか交尾しません。もし秋に交尾してしまうと、食べ物が少ない冬に子供が産まれてしまうからです。この季節はどうやって測っているかというと、生物時計を使って、日照時間を計るわけです。つまり、「今日は日の出が6時で、日没が7時だったから日照時間は13時間、やった、もう春だ。」という感じです。この現象は、完全に温度を一定にした実験室の中でも、明るくしている時間を変えてやれば、観察できて、脳内の時計の働きによるといえます。
3.さらに、もっと驚異的なことは、生物時計を使って方向(方角)を決めている動物もいるのです。渡り鳥は、雲の上を一定の方向で何日間も飛び続けますね。下は、全部、海、何の目印もなく、太陽は、時間によって方角が変わり、風だってあてになりません。そこで、彼らは現在の時刻と、太陽の方向から「計算して」、南南西に進路を取れ!って、進むわけです。しかし、時計と太陽があっても、自分の緯度がわからないと、方向は計算できないわけですから、飛んでいる間に、それまでの飛行距離に従って、計算式をダイナミックに変えているわけですよね。数式と計算機を使っても、ややこしい計算ですね。生物は「偉大」ですね!

●生物時計は人間にとっても必要なものですか?

上の質問で、生物時計の役割を書きました。ところが、機械でできた正確な時計を発明し、夜も電気をつけて活動できる、現代の人間に対しては、実は生物時計は、特に必要ではありません。残念ながら、それどころか、時差ぼけや、リズム障害性の睡眠障害などの病気の原因になりますから、かえって有害になることの方が多いかもしれません。盲腸(虫垂)も、炎症を起こすことで邪魔者扱いされ、取ってしまっても何の害もないと言われますが、それと似ています。(虫垂の必要性にも異論はありますが・・・)しかし、盲腸と違って、生物時計は、脳の中にありますから、簡単には取れませんね。ですから、邪魔になることがあっても、その仕組みを知って、うまくつきあっていくしかありません。

●生物時計はどこにありますか?

これは動物によって異なりますが、基本的にはその中心は脳にあります。植物にも時計があり、その場合は「脳」はないのですが・・・哺乳類の場合は、脳の中の視床下部という場所にある、視交叉上核という直径1−2mmの小さな場所が時計の場所です。その証拠はいくつもありますが、一番簡単なのは、ここをなくしてしまうと、全く時計がなくなってしまうことです。たとえば、サルやネズミで、この小さな部分を壊してしまい、彼らを温度や光の状態が変化しない場所に入れてやると、24時間のリズムを失って、完全にめちゃくちゃなスケジュールで生活します。
また、時計の中心は脳にあると書きましたが、実は、体中の細胞に時計になりうる「素質」はあります。ある魚を用いた実験では、その魚を殺して解剖し、各臓器をばらばらにしたあとでも、その臓器を特殊な液の中で生かしておけば、各臓器の時計が動き続けることが示されています。

●人間の生物時計の周期(概日周期)は何時間ですか?

みなさんもどこかでお聞きになったことがあると思いますが、かなり長い間、人間の時計は25時間くらいだと言われてきました。これは、洞窟などに時計無しで人間を閉じこめて、勝手に生活させると、かなり個人差の幅があるのですが、平均すると25時間周期で生活するという初期の実験に基づいています。しかし、1999年にサイエンス誌に発表された論文によれば、完全に外部の影響をのぞいた環境下では年齢によらず、概日周期はかなり24時間に近い値で、個人差も、だいたい30分以内とされています。今のところ、ほとんどの教科書に約25時間と書かれていますが、そのうち改訂されるでしょう。

●人間の概日周期は老化とともに変化しますか?

老人に早起きが多いことから、老化とともに生物時計の周期は短くなると思われていました。しかし、これも上の質問と同じ1999年にサイエンス誌の論文により否定されています。早起きになるのは、睡眠の質が年齢とともに大きく変わるからで、年齢とともに深い睡眠が減少し、明け方は特に浅い睡眠ばかりになるため、朝は早く目が覚めると考えられています。

●生物時計はどのくらい正確なのですか?

上に書いたように、生物時計の個人差はかなり小さく、せいぜい30分程度です。また、たいていの人が、目覚ましが鳴る数分前に、ぱっと目が覚めたという経験を一度はしていると思いますが、これを実験的に調べた研究もあります。その研究では、いつも通りの時間に起きるように指示された時と、いつもより2時間ほど早く起きるように指示された時で、血液の中の副腎皮質ホルモンの値を、前日の夜から、継続的に調べてみました。このホルモンは、普通起床時間の1時間ほど前から、血液中の値が増えてくるのですが、いつもより2時間ほど早く起きるように指示された時は、なんと、この早い時間に合わせて、いつもより早い時間に、このホルモンの値が増えるのです。このホルモンが増えることと睡眠が浅くなることの関係は不明ですが、「明日、早く起きたい」という意志は、眠っている間にも働いていて、おまけに生物時計を使って、今何時なのかを、推測して、起きるための準備をしているのです。なお、この研究から考えて、生物時計の「針」は、「今だいたい朝だ」というようなおおざっぱなもの、つまり普通の時計の短針があるだけではなく、少なくとも10分から15分程度の差は、充分感じることのできるかなり単位の細かい正確な、通常の時計の長針はある時計だということがわかります。人によっては、秒針もあるかもしれませんね。

●生物時計の「時計の針」は何ですか?

生物時計の仕組みがわかったのは、実はつい最近です。哺乳類の脳内時計を構成する遺伝子が初めてクローニングされ発表されたのは1997年です。その後、次々に重要な遺伝子が発見され、瞬くうちにほぼ全容が解明されました。ちょっと自慢話ですが、私がMGH(マサチューセッツ総合病院)で行った研究が、哺乳類の時計機構の最後に残っていた謎の部分の解明でした。この仕事は2000年7月のCell誌に発表しましたので、約3年の間に全ての重要な論文が発表されたことになります。では、最初に、まず普通の時計はどうやって動いているのでしょうか?電池で動く「振り子時計」を考えてみると、振り子を電池の力で動かしますが、この振り子は、例えば1秒という決められた時間で1回揺れます。そして、1回揺れる毎に、秒針をひとつ進めて、60回で1分、というように時計はできあがっています。生物時計の場合、この振り子にあたるもの(これを発振機構oscillation mechanismと呼びます)が、24時間周期で振れていると考えて下さい。そして、その振り子が、一番右に来ている時が夜で、一番左に来ている時が、昼間とします。その間の時間は、その間の目盛りを読んで、計算できるわけです。つまり振り子そのものが、針にもなっているわけです。
では、その振り子(=時計の針)は何でできているのでしょうか?それは、あるタンパク質の量です。説明をわかりやすくするため、実際より簡略化して言えば、ピリオドと呼ばれるタンパク質があって、その蛋白質の量が一番少ないとき、つまり振り子が左にあると、昼間で、このタンパク質の量が一番多いとき、つまり振り子が右に来ていると、夜になります。そしてこの蛋白質の量が中間的な量の時は、その間の時間だと考えるのです。

●生物時計はどうやって時間を刻むのですか?(時計の発振機構)

この発振機構の原理の説明には、ネガティブ・フィードバックngative feedbackという考え方の理解が必要です。これは何かというと、別に難しいことではなく、ものごとがどんどんエスカレートしないように抑える仕組み(?)です。(かえってわかりにくいでしょうか?)生き物は、外部の環境にかかわらず、体の中を一定に保つ必要がありますが(これをホメオスターシスと呼びます)、そこには、ほとんどの場合、ネガティブ・フィードバックによる制御が行われています。例えば、血圧が下がると、血圧を上げるホルモンが分泌されます。しかしそのままでは、どんどん血圧が上がりすぎてしまうので、一定のレベルに達するとこのホルモンの分泌が抑えられます。これがネガティブ・フィードバックで、何かが増えたときに、それを減らすように制御が働くことです。
生物時計の話に戻ると、上に書いたようにピリオドという物質が振り子でもあり、時計の針にもなっていると書きましたが、このピリオドという物質は、自分自身によるネガティブ・フィードバックを受けています。蛋白質は、細胞内で作られますが、ピリオド蛋白質は、細胞が自分自身を作る作用を抑えてしまうのです。もしピリオドが細胞内で全く作られなくなると、既にあるピリオドは、寿命とともにだんだん減ってきます。するとピリオドのよるピリオドを抑える作用がなくなり、新しいピリオドが再び、作られることになります。たとえ話としては、すごーく趣味が悪いのですが、ある島に「大人が子供を殺す」恐ろしい変な習性をもった動物がいて、こいつらは、大人になると、自分の子供をどんどん殺し始めます。そのため、大人がある程度まで増えると、子供が完全にいなくなり、この動物の大人の数は、それ以後、増えません。そして、大人の寿命が来て、ばたばた死に始めると、生き残っていた子供がゆっくり育ち始め、しばらくの間、まったく大人がいない時期が続いた後に、子供が成長して大人が増えます。そして、この大人がまた子供を殺し始める・・・こうして、この島では、大人の数が、一定の期間で増えたり減ったりします。これと同じことをピリオド蛋白はするのです。そして、この周期が約24時間です。この例え話で考えると、この24時間を決めるのは、いくつかの因子がありますが、重要なのは1.子供が大人になるのに必要な時間、2.大人の寿命、などであることがわかって頂けると思います。

●概日周期の発振機構のネガティブフィードバック機構の詳細(専門的!)

この部分は、専門的なことです。上に書いただいたいの仕組みさえわかって下されば結構ですから、一般の方は読み飛ばして下さい。いきなり専門用語が説明無しに出てきますので・・・
ピリオド蛋白質がネガティブフィードバックで、自分自身の量を負に調整して、その量の振動を作り出していると上に書きましたが、その調節ループには、ショウジョウバエでは4個の遺伝子がメインになっていることがわかっています。基本因子は、1.ピリオド、2.タイムレスの二つで、この二つの蛋白質は細胞質で作られるとヘテロダイマーを作り(ピリオド、タイムレスが1対1でくっつく)核内に入ります。片方だけでは核の中に入れませんので、機能できません。この複合体が核の中に入ると、今度は、3.クロック、4.サイクル(bMAL1)という蛋白質とくっつき、その機能を阻害します。このクロックとサイクルもヘテロダイマーを作っていますが、この蛋白質は、ピリオドとタイムレスのプロモーター領域にくっつくことによって、この二つの遺伝子の転写を活性化しています。そのため、クロック:サイクルのヘテロダイマーを阻害すると、ピリオドとタイムレスの転写、そして蛋白合成が阻害され、ネガティブフィードバックループが完成します。 哺乳類でも基本の仕組みは、ほとんど同じです。クロックとBMAL1という蛋白質が、正の調節因子です。ところが、負の因子としてピリオドが重要なのは間違いないのですが、タイムレスの替わりにクリプトクロームという、さらにもう一つの因子が、負の因子として機能しているようなのです。この最後の部分が、私が2000年の前半に発見したことです。

●生物時計はどうやって合わせるのですか?

機械でできた時計でも狂います。同じように、生物時計も狂いますので、微妙に毎日調整しないといけません。この調整(リセット)に最も大切なのは光です。朝日が当たるとそれに合わせて、時計を朝に合わせます。カーテンで締め切った暗い部屋で寝坊すると、このリセットが行われないので、時計が「遅れます」。すると、本当はもう夜11時なのに、遅れた時計は9時をさしていて、「まだ眠くないよ」となるわけです。それ以外にも時計をリセットできるものはいろいろあります。外部のものでは気温の変化、その個体に関するものでは運動、食事があります。睡眠そのものもは、あまり関与しないとされていますが、上に書いたように、眠っていることにより、光に当たらなければ、それが影響を与えます。また、これはまだ証明はありませんが、上の方に書いたように、「明日、早く起きよう」と思っただけで、早く起きられますね。このことは、「意志」によっても生物時計がリセットできる可能性も示しています。
これは、もし本当なら、すごいです。生物時計もそうですが、血圧・体温・消化吸収など、意識ではほとんどコントロールできなくて、「勝手に働いている」機能を司る神経のことを自律神経と言いますが(この意味では「自立」神経でもいいですね)、この自律神経機能も、人により、訓練により、ある程度、「意志」でコントロールできることがあります。同様なことが、生物時計にも言えるかもしれません。
なお生物時計のリセットについては、後ろの方で、さらに詳細にお話しします。

●生物時計の動きに合わせて、実際は何が変わるのですか?

生物時計により支配されているもので、もっとも有名で、みなさんにも時間として感じていただけるのは「睡眠」です。これは、後ほど詳しく述べます。それ以外に、何が24時間周期を持って変化しているでしょうか?まず、体温がそうです。一般的には体温は、深夜に最低になり、お昼頃最高になります。これは、たとえ夜眠らなくても、真っ暗な部屋にずっといても、24時間の周期で変化しますので、生物時計に支配されていると言えます。また、さまざまなホルモンが24時間周期で変化します。有名なものは、副腎皮質ホルモンと、メラトニンです。成長ホルモンも夜間に分泌されます。昔から、「寝る子は育つ」と言いますが、これは睡眠中に成長ホルモンがたくさん出るという事実を反映しているかもしれませんね。ただ、成長ホルモンの分泌は、「睡眠」に支配されていることが知られています。つまり夜になっても、もし眠らなければ成長ホルモンはたいして分泌されません。つまり生物時計との関係で言うと、睡眠を介して間接的に制御されていることになります。このような意味では、上述のメラトニンや、副腎皮質ホルモンは、かなり直接的に生物時計に制御されていることが示されています。

●自分の時計が今、何時かわかりますか?

上述のように、1日中、何回か体温を測ってそのパターンを知れば、体温を測ることで、生物時計の時間がわかります。たとえば、海外旅行で時差のあるところにでかけた場合、時差ボケで変な時間に眠くなりますが、この時体温が下がっていれば、生物時計が夜を刺しているために眠くなっていることがわかります。また、他にも生物時計がずれてしまうことがあります。夜型とか朝型とかが、極端な人の場合、体温を測ってみるのも良いでしょう。また、生物時計の大元は、脳の中の視床下部にあると書きました。そしてその振り子であり時計の針にあたるのは、ピリオドという蛋白質です。ということは、この場所でのピリオド蛋白質の量を測れば、その人の中枢での時計の実際の時刻がわかります。これはまだ人間では無理なのですが、神戸大学の岡村先生のグループが、つい最近、この2月にネイチャーという雑誌に、面白い実験を発表しています。彼らは、蛍の光を出す蛋白質を、ピリオドという蛋白質と同じようなパターンで作る、特殊なネズミを作りました。このネズミの脳の中に、細いガラスファイバーを挿入して、視床下部の視交差上核の中の光の量を計測しました。すると、ピリオド蛋白質と同じように、24時間単位で、光が増減することがわかりました。この実験で大事なのは、ネズミが「生きていること」で、これまで、ピリオドという蛋白質が時計の針と書いてきましたが、このピリオドの量を計測するには、普通、ネズミを殺す必要があります。そのため全ての実験は、1匹のネズミについて、1つの時間のデーターしか取れません。なお、専門的には、このネズミはピリオド遺伝子のプロモーターにルシフェラーゼのcDNAをつないだトランスジーンを導入したトランスジェニックマウスです。


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