睡眠・夢と生物時計〜眠れない夜を過ごす方へ(2)

2.睡眠と夢について


ここからは、話題を大きく変えて、睡眠の基礎的なことをお話ししましょう。睡眠はとても身近な現象なのに、実は、まだよくわかっていないことがたくさんあります。例えば、睡眠物質と呼ばれるものは既にたくさん知られてはいますが、血圧のように、睡眠を調節するホルモンや生理的な睡眠の調節機構は、私のような分子生物学者から見ると、実は、ほとんどわかっていないと言えます。その前提でお話をお聞き下さい。

●睡眠の定義は何ですか?

現在、睡眠と呼ばれるものは、脳波(EEG)で定義されています。そのため脳波の研究がされていない動物、例えば爬虫類とか昆虫が眠るのかどうか、「定義そのもの」がされていません。この意味で、狭い意味で睡眠を取るのは、哺乳類と鳥類だけです。
さて、この2種類の恒温動物では睡眠は特定の脳波と筋電図・眼球運動のパターンで定義されていて、レム睡眠とノンレム睡眠という二つの睡眠状態と、覚醒の3つの状態に分類されます。

●レム睡眠・ノンレム睡眠とは何ですか?

睡眠には浅い睡眠、深い睡眠といろいろな段階が知られていてます。上に書いたように睡眠は脳波をもとに細かく分類されますが、その中でも大きく、ノンレム睡眠とレム睡眠に分けています。レム(REM=Rapid Eye Movement)とは急速眼球運動のことで、眠っているのに、眼球が激しく動いている睡眠状態です。眼球が動くといっても目は閉じたままです。不思議なことに、この時の脳波は、起きている時のものと似ていますが、全身の筋肉はぐったりと力が抜けています。動いているのは眼球(を動かす筋肉)だけです。レム睡眠は、このように変わった性質を持っていて、逆説的睡眠(paradoxical sleep)とも呼ばれています。初めて記載されたのは1953年のことです。このレム睡眠以外の睡眠をまとめてノンレム睡眠(非レム睡眠)と呼ぶわけですが、ノンレム睡眠は、さらに深さによって4段階に分けられます。 後ろに述べるように睡眠そのものの意義がまだわかっていませんので、レム睡眠とノンレム睡眠が、それぞれどのような意味を持っているかは不明です。しかし、動物などを使った実験では、どちらも生きるために必須の睡眠のようです。ノンレム睡眠は、脳の方が眠る睡眠で、レム睡眠は脳が半ば起きている睡眠と考える人もいます。レム睡眠の時の脳波を見ると、起きている時に近い波形です。実際、この時には夢を見ていることが多いことがわかっています。以前、レム睡眠は夢を見る睡眠だと言われていましたが、現在では、ノンレム睡眠時にも夢をみることはわかってきています。しかし簡単には、レム睡眠=夢を見て、脳は起きているのに近いけど、体はぐったりしている睡眠、ノンレム睡眠=脳が眠る睡眠、と考えるとわかりやすいです。

●動物はどうして眠るのですか?

これは、本当になぜなのでしょうか?体の休息のためでないだろうとは思われています。つまり、眠っている時よりも、静かに横になって目を閉じている状態の方が、基礎代謝率は低いはずで(教科書が手元にないので、もしかしたら間違っているかも?=>間違ってました。人間の場合は、10%程度、眠った方が基礎代謝率は低くなります。ノンレム睡眠時は、脳の基礎代謝が落ちますし、レム睡眠時は、筋肉の基礎代謝が落ちます。)体の休息は眠らなくてもとれずはずなのです。実際、睡眠の大部分を占めるノンレム睡眠中は、脳は眠っていますが、寝返りはしますし、体は、軽く休んでいるだけです。ですから、現在のところ、睡眠は「脳の休息」の意味が最も大きいだろうと考えられています。では、脳はかなり活発に活動しているレム睡眠はどうでしょうか?これは後ろに述べます。

●睡眠はどうしても必要なものですか?

これまで、いろいろな研究者が動物や人間を使って睡眠を取り去る「断眠実験」を行ってきました。その結果、ノンレム睡眠・レム睡眠を完全に取り去ると、多くの動物(人間もそのようです・・・)が、1週間程度で死亡します。また、選択的にノンレム睡眠のみ、レム睡眠のみを取り去るような実験も可能で、この場合も、どちらも動物が死ぬとされています。そのため、睡眠は必須と考えられています。
ただ、これにはさまざまな異論もあります。たとえば、実験で、動物を起こしておくためには、刺激を加えないといけません。特に死亡してしまうほどの極端に長い断眠実験をしていると、かなり強い刺激を加えないと、眠ってしまいます。そのため、刺激によるストレスがかかります。これはある程度は実験の工夫で避けられますが、断眠による死因は、全身の消耗状態なのですが、実際はこのストレスが死因だという考えもあります。また、ノンレム睡眠は脳の休息だと考えるとその必要性も納得できますが、レム睡眠については、まだ不明な点がたくさんあります。ネズミの場合、レム睡眠を数ヶ月取り除いても、死ななかったという実験もあります。ただ、ネズミのレム睡眠は短いと15秒くらいですから、この実験も信憑性に疑問が残ります。

●レム睡眠についてもっと詳しく!

●レム睡眠行動異常って何ですか?

レム睡眠は、大変興味深い睡眠です。いくつかその面白い性質を羅列すると、
1.人間の場合、正常では、レム睡眠はノンレム睡眠の後にしか起きません。
2.レム睡眠中は、目の筋肉と、呼吸をする筋肉以外は、完全にぐったり(弛緩)しています。
3.ところが脳波は起きている時に近く活発に活動しているので、目はきょろきょろ動き回っています。
4.この全身の筋肉をぐったり弛緩させている仕組みに異常が起きると、レム睡眠中に体が動いてしまいます。おそらく、夢で見ていることを現実にしてしまっているようで、本人は全く自覚も記憶もなく、家の外に出てしまったり、横で寝ている人を殴ったりという、大変困る症状が出ることがあり、これを「レム睡眠行動異常」と呼びます。なお、子供に大変多く認められる、いわゆる夢遊病というのは、ノンレム睡眠(深い睡眠)の時に起きますので、これとは異なるものです。


●夢はどのくらい見るのですか?

これは、報告により差がありますが、少なくとも、誰でも毎晩、数十個から数百個の夢を見ているとされています。そのうちの最後の一個しか普通は覚えていませんが、訓練で内容を覚えている(夢を見たときに目を覚ます)ことも可能で、1晩に十個以上の夢を記載して自分の夢分析をした人もいます。

●動物は夢を見るのですか?

●夢には何か意味があるのですか?

●レム睡眠には何か意味があるのですか?

脳波にレム睡眠があることから、人間以外の動物にも夢があるだろうとは想像されていました。そして、つい最近今年の1月になり、MITのグループから、非常に面白い論文が発表されました。彼らは、ネズミの記憶・学習の研究をしていますが、ネズミにある迷路を覚えさせると、脳の中のplace cell つまり、文字通り場所を覚えている細胞というものがあることを、数年前に見つけました。たとえば、A,B,C という3つの道を通る迷路を作り、A=>B=>C という順番にたどるとうまくエサに到着するとします。このネズミの脳の中に、電極をたくさん埋込み、たくさんの神経細胞の働きを観察すると、Aという場所にいる時だけ、活動する細胞が見つかります。そして、同じようにB, C の細胞もあります。そして、迷路を学習しているときは、これらの細胞が、A=>B=>Cの順番に活動します。さて、面白いのはここからで、このような学習をさせたあと、ネズミを寝かして、観察していると、レム睡眠に入ったところで、このplace cell が、A=>B=>Cの順に活動を始めるのです!つまり、どうやら昼間やって「味をしめた」道筋を、眠っている間に「夢で思い出している」らしいのです。きっと、迷路を上手にクリアして、美味しいエサにありついた「夢」を見ているに違いありません。
ところが、さらに面白いのは、この夢を見ることは、昼間の学習の反復をすることで、記憶をしっかりさせている可能性もあるのです。つまり、学習をさせた後、すぐ眠らせたグループと、しばらく眠らせないで、無理に起こしておいたグループを作ると、眠ったグループの方が、明らかに、その後まで、よく迷路を覚えているのです。となると、ノンレム睡眠は、脳の休息のためと書きましたが、レム睡眠は、脳を休ませるどころか、昼間、起きていた時に覚えたことを忘れないために、一生懸命「復習」している時間なのかもしれません。今日、ぼくの話を始めて聞いたあなたの夢の中に、ぼくは多分、登場するのでしょうね。すると、きっと明日まで、ぼくの顔を覚えていてくれるはずですが、懇親会で、お酒を飲み過ぎて、レム睡眠が阻害されると、忘れられちゃうかもしれませんね。


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